ヒューリスティクスはアカンことないで・・・

囚人のジレンマ




【間違いの科学第3巻】

 

間違いの科学第3巻 

【ヒューリスティクスはアカンことないで・・・】 

なんだかバカの代名詞みたいなあつかいだったヒューリスティクス(じっくり考えるのではなく直感で判断すること)。
たしかに文明社会ではこのヒューリスティクスはヒューマンエラーの元になってます。
しかし、このヒューリスティクスをもう一度よく考えたいと思います。
そのことで、より良く理解できるのではないでしょうか? 

間違いの科学第2巻の最後の方【間違いだらけのおかげで人類は厳しい生存競争に打ち勝ったのだ!はぁ?】で紹介しましたとおりヒューリスティクスは我々人類が進化の中で獲得してきたものであることはご理解いただいたことであろうかと存じます。 

つまりヒューリスティクスとは・・・ 

「ライオンのエサだったころの、わが親愛なるご先祖様が危機に際して・・・じっくり考えてるよりも『ライオンだ!ワ~!』と逃げ出す。
もちろんあわてて逃げるのだから、がけから転げ落ちることもあったでしょう。
そうして逃げ切った後、安全な洞窟で、痛い足をさすりながら、『あっちの方に逃げればよかった・・・』と反省する」というアレです。 

このヒューリスティクスがどうして現代文明で「アカン」ことになってきたのかをさらに考察いたします。 

われわれ人類がチンパンジーと進化の過程で枝分かれしたのが約500万年前です。これを「間違いの科学第2巻」【ご先祖様は生き残ったが・・・それで原発爆発じゃぁ・・・】ではこの500万年間を1年間として考えてみました。 

今回はこのたとえ話の期間を52歳の日本人のお父さんに当てはめてみましょう。 


【お父さんの営業経験(ヒューリスティクス)はすばらしい!】 

お父さんの人生で仕事を学ぶ期間は新卒22歳として、30年間と考えます。500万年間を今回はこの30年間としましょう。
このお話のお父さんは日本人ですから、ここはわれわれのご先祖様に敬意を表して文明の発生を縄文時代終期と仮定しましょう。
日本で文明がおこるのは縄文時代終期として約3千年前です。500万年は30年なら3千年間は7日半です。 

さぁ舞台設定は出来上がり。さっそく物語を始めましょう。 

希望に燃えて若き22歳の青年が赤間製作所に入社いたします。
配属されたのは営業2課です。きびしいノルマと先輩のどなり声、そして得意先の無理難題に向き合います。
短期的にはこの若きお父さん(初期の人類)チョンボもします。
納期をあせるあまり見積りを一桁計算間違いして損をすることもあります。
その時には上司の怒声を浴びます「ばかやろう!算数もできないのか!!」 

それでも若きお父さん、持ち前の粘り強さと勘の良さで、並みいる同期を退けて確実に昇進していきます。
そして入社30年で立派な営業部長です。
みごとに出世(進化)競争に打ち勝ちました。
貴重な営業経験(ヒューリスティクス)も身につけました。 

今では、もう若いころ(初期の人類)のように大きな失敗はしません。
たしかに今でも小さなミスはありますが、その素晴らしい営業成績と引き比べれば、とるに足りないものです。
部下(一族)には信頼され、上司(クニのオサ)の覚えもめでたい。そしてなによりお得意先の信頼(生存条件)も抜群です。営業部長(進化の結果)として完璧です。 


【お父さんの一番長い日】 

しかし時は12月24日午後1時。
昼飯はいつものひいきの定食屋さんでとんかつ定食をおいしくいただきました。定食屋さんのオヤジに「ごちそうさん」のあいさつのあとのこと。
つまようじを使いながら「帰りにクリスマスケーキを買い忘れないように」の奥さんからのラインに既読をつけたまさにそのときです。 

社長から直々に電話がかかってきます。
緊張するお父さん! 

その内容は・・・ 

「わが社も『でーえっくす』を推進して経営効率化をはかることになった。頼むよ。」 

お父さんの不幸は社長が「DXで業務効率化!」などというレクチャーを受けてきて、その気になってしまったことです。 

辞令に視線を落とすと、「以後、製造部DX推進AI導入担当を命ず」とあります。 

「DX?」「おれの愛車のグレ―ドはGLだけど・・・」と思い悩みます。「AI?」
「あい?ってなんや?愛をこめろということか?すると、おれの若い頃のあこがれケンメリ、ケンとメリーのスカイラインのことか?」 (ケンメリ・スカイラインがおわかりにならない若い方はググって調べてください)

お父さんは思い悩みます。 

辞令をさらに読むと、DX化完了の期限は12月31日です。
期間は7日半です。さてどうしましょう? 

とにかく、真面目なお父さんは同期の製造部長に相談します。たたき上げの製造部長も「でーえっくす」に対してはチンプンカンプンです。 

若手に聞いてみます。「だーからァー、とりあえずゥー、うちの場合はァー、センサーとアナリティクスをォー、全部AI化してェー、ビジュアル化したうえでェー、各セクションでェ、シェアすればいいんじゃないですかァー・・・」
などと語尾を高くはねあげる口調で訳の分からないことを言います。
その口調にむかつきます。
しかし、たずねてるのは、こちらの方です。お父さんはだまって聞いています。ガマンです。 

仕方がないのでお父さんは最寄りの書店でAIとDXとタイトルのある本を買い込んでみました。
今日24日クリスマスイブは結局これで終了です。つかれました。
その夜、奥さんと子供たちがとんがり帽子をかぶってケーキをほおばって、はしゃぐのを横目で見ながらひたすら落ち込むお父さんでした。 


【メリークリスマス ミスターお父さん】
12月25日クリスマスです。地獄の始まりです。 

とりあえず会社の顧問税理士にセンサーのことをたずねて、よさそうなメーカーを紹介してもらいました。 

メ―カ―の営業と打ち合わせの後、製造ラインにセンサーをつけてみました。 

すると、やたらと「ブーブー!」とコーションが鳴りひびいて、不気味な真っ赤なライトがともります。
そしてラインが強制的に止まります。 

そのたびにお父さんはディスプレイをにらみつけます。
そこには横文字が並んでいます。”ERROR”だけは何とかわかります。
メーカーに電話して若い女性の声を頼りに、おぼつかない指でキーボードをたたいてみるとハードディスクを初期化してしまいました!
しょうがないので、とりあえずラインにとんでいってアレコレ点検します。
今度は、あわてたお父さんがセンサーのコードにつまづいて、ころんでしまいます。「おお痛い・・・」 

痛むひざ小僧をさすりながら確認すると、今までの記録(ログ)がパーです。 

ようやく原因が判明しても、センサーが現場の作業員の赤い靴の色に反応していたり、いつの間にかセンサーとラインの間にボールペンがあったりといった、つまらないことばかりです。
たったそれだけのことにいちいちラインが止まるので、製造現場からはもうれつな抗議が来ます。お父さんはへとへとです。何が何だかわかりません。いままでつちかってきた営業経験(ヒューリスティクス)は全く役に立ちません。

【そして お父さんだけが残った 】

12月31日深夜、社内に残るのはお父さんだけです。 

徹夜続きのもうろうとしたお父さんの耳に除夜の鐘がひびきます。 

あとはセンサーのメーカーがあくどく情報を盗んだり(ハッカー)、ぼったくりでないことを祈るばかりです。 

これが現代のお父さん(人類)の置かれた状況です。 

「ううう・・・」ここまで書いていて・・・思わず赤間塾のヤナギの眼がしらに熱いものが・・・。 

【私は貝になりたい】
今までの営業経験(ヒューリスティックス)が役に立ちません。そんな時代なんですね現代は・・・。
笑っているお若い方!あなたの経験もあと10年もすれば同じヒューリスティックスになりますよ。
その証拠に赤間塾のヤナギの大学生のころはコンピューター言語と言えばCOBOLやFORTRANでした。しかしあっという間にCに変わり、今ではいったい何でしょうか?
おそろしく速いペースで変化は進んでます。ちょっと時間がたてば何でもかんでも”経験”はヒューリスティックスです。
ああ”私は貝になりたい”です。


【囚人のジレンマ】 

なみだをぬぐって・・・悲しい話はここまでにして趣向を変えましょう。合理的判断が合理的ではないというお話です。 

「え?何言ってんのかわからないし―!!」 

まぁ、まぁ少々御辛抱ください。
赤間塾のヤナギの話にお付き合いください。 

囚人のジレンマというゲーム理論があります。 

共謀して犯罪を犯した2人が逮捕されます。 

このゲームの条件です。下に箇条書きにします。 

①別々の部屋で取り調べを受けます。 

②この犯罪は懲役2年に相当します。 

③2人は口裏を合わせて黙秘しています。 

④証拠が十分ではないのでこのまま裁判なら2人とも懲役1年の判決になります。 

⑤ここで警察は2人にもちかけます。とうぜん囚人の前には「カツ丼」です。 

私の世代では取り調べ担当は「太陽にほえろ」のヤマさん(露口茂)がいいですね。
最高にカッコイイです。何を言ってるのか、おわかりにならないお若い方はググって調べてください。 

ヤマさんは言います「自白したら、釈放だ・・・しかし自白しなかったら懲役3年にするぞ。」 

ただし2人とも自白すれば証拠がそろうので2人そろって本来の刑期である懲役2年ずつとなります。 


それでは囚人は仲間との約束を守って黙秘し続けるか、それとも裏切って自白するか、どちらが合理的でしょうか。 

ここでは社会正義とかややこしいことはナシにします。
あくまで囚人にとっての「合理的(損得)判断」だけを考えます。 


2人の容疑者は仲間との約束を守って黙秘し続けるか、それとも裏切って自白して釈放される。さぁ、どちらを選ぶのが合理的でしょうか? 

容疑者の1人は考えます。 

①「もし仲間が黙秘した場合・・・」 

「自分が黙秘を続ければ懲役1年。自白すれば釈放。」 


②「もし仲間が自白した場合・・・」 

「自分が黙秘し続ければ懲役3年、自分も自白すれば懲役2年。」 


「それなら仲間が黙秘した場合でも自白した場合でも自分は自白した方が刑期は短い。」 

『自白しょっと!』 

合理的に考えるとこうなります。 

もちろんもう1人の仲間も同じことを考えます。 

すると、二人とも約束を守って黙秘していれば懲役1年ですむのに、二人そろって懲役2年です。合計懲役4年です。 

この4年は2人分コミの懲役で考えれば最長です。 

下の表をごらん下さい。 (すみません、グラフィックがちょっと汚いですが・・・)

囚人のジレンマ表

囚人のジレンマの表

結局2人分コミの刑期で考えれば最善は「仲間を信用して黙秘し続ける」のがいい。

同じようなことはビジネス、友人関係や国と国との外交までいたるところにあります。

人間(国)が完全に合理的(損得)な考え方をすれば必ず、常に全員が損をすることになります。

これは合理性だけでは答えの出せない問題です。

「囚人のジレンマから言えるのは、現代社会においても完全なる合理性が最もすぐれているとは限らないことです」(Newton2022年5月号P99)(千葉大学大学院人文科学研究院 一川誠教授)


結局「あの手この手で裏の裏を読みあう」社会より「信頼」を大切にする方が全体を考えれば大切のようです。

カルロス・ゴーンさんのような「合理性一本やりのゴリゴリの新自由主義のはてにレバノンに逃亡」はどうも、やめておいた方がいいようです・・・そう赤間塾のヤナギは考えます。